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「Wink」||企業-master.com [05/29update]

Wink wikipedia|無料辞書

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| Name = Wink
| Img =
| Img_capt =
| Img_size =
| Landscape =
| Background = group
| Origin =
| Genre = アイドル歌謡曲
| Years_active = 1988年 - 1996年
| Label = ポリスター
| Production = アップライトミュージック
| Associated_acts = 水橋春夫
| Influences =
| URL =
| Current_members = 鈴木早智子(ボーカル)
相田翔子(ボーカル)
| Past_members =
| Notable_instruments =
-->
Wink(ウィンク)は、1980年代後半から1990年代中期にかけて活躍した、日本の女性アイドル・ポップス・ユニット。鈴木早智子相田翔子の二人組。

◆ 経歴
二人はともにワニブックス社の雑誌『Up to Boy』が1987年に開催したミスコンテストの入賞者(早智子が上半期グランプリ。翔子は下半期グランプリ)。1988年、Winkを結成。同年4月「Sugar Baby Love」でレコードデビュー。Winkというユニット名は、最初、事務所が「キラキラ輝く」という意味のTwinkleを提案したが、発音しにくいということで、トゥインクル→ウインクル→ウィンクとなったのが由来。
1989年、「愛が止まらない 〜Turn It Into Love〜」で第22回全日本有線放送大賞グランプリ(上期)を受賞。同年「淋しい熱帯魚」で第22回全日本有線放送大賞グランプリ(年間)、第31回日本レコード大賞を受賞。また同曲で第40回NHK紅白歌合戦に出場した。
1996年3月活動停止。現在は早智子が女優として、翔子がタレントおよび女優としてそれぞれ活動している。
Winkは解散したのではなく、あくまでも「活動停止中」であると翔子がテレビ番組等の各メディアで何度か言明しているが、現時点でも本格的な活動再開の目途は立っていない。活動停止後、これまでに三度、TBSが制作したテレビの年末特別番組等で2人揃って歌っている。一度目は1998年12月29日に放送された日本レコード大賞の40周年記念番組、二度目は『超える!テレビ』(1999年12月30日 - 2000年1月1日放送)の歌のリクエストコーナー、三度目は2008年12月30日に『第50回日本レコード大賞』の50周年記念企画のコーナーに出演し、9年ぶりに一夜限りの限定復活を果たしている。

◆ 特色

◇ キャラクター
従来の女性アイドル歌手とは趣の異なる控えめなキャラクターで無表情に歌い、オルゴール人形のような衣裳と振り付けで踊る(「ロボットダンス」と評されることもある)。これらが「純真な少女の持つ不可侵的な色気」といったイメージを醸し出した。
後年、二人は「無表情だったのは(事務所の)戦略だったのかと今でも聞かれるがそういうわけではない」「自分たちは振り付けを覚えるのが精一杯で笑顔まで気が回らなかった。事務所の社長にはもっと笑うよう言われていた」という趣旨の回想をしているが、結果としては「無表情に歌い踊るマリオネット」という特異なスター・イメージで一世を風靡した。
Sexy Music」以降、活動の中期には「純真な少女」というイメージから「はかなげな大人の女性」というイメージへ変化していき、楽曲も「摩天楼ミュージアム」や「リアルな夢の条件」ではロック調・ダンスチューンを多用した激しいもの、衣装も露出度が高くなりセクシー路線へのアピールが見られるようになる。活動の後期以降に入るとナチュラル感および基本に忠実なアコースティック・フォークサウンドを大切にした楽曲(例・「いつまでも好きでいたくて」)、衣装もあまり着飾らない普段着感覚のものへと変わっていく。この頃になるとデビュー時よりも笑顔を多く見せるようになる。
Winkのトータル・ディレクションを手がけたのはTCR横浜銀蝿RS山瀬まみも手がけた元ジャックスの水橋春夫である。

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◇ 楽曲
特に活動の初期には洋楽カヴァー曲が多かったが、中期以降、日本人作家によるオリジナル曲が多くなった。Winkが活動期間中に発表した百八十余曲のうち、全体の60%以上がオリジナル曲である(内訳はカヴァーは六十余曲、オリジナル曲が百余曲、リミックス等が約二十曲)。 また、中期以降は、早智子・翔子ともに自作曲を発表するようにもなった。

◆ ディスコグラフィ

◇ シングル