会社法学説において、松田判事とはしばしば論争(
共益権論争など)を繰り広げたが、結果、昭和の日本の商法学の発展に大きく貢献したといえる。また、
八幡製鉄事件で
政治献金が
会社の目的に含まれるか法廷で論争となったさいには、商法学者としての立場から肯定説を主張し、最高裁判決を支持したが、後述するような鈴木の血筋・経歴ともあいまって、体制より・資本家よりとの批判も受けた。また、鈴木の会社法理論は小規模な
閉鎖会社を念頭においたものであり、現在の高度に国際化した経済社会には対応できないという批判も受けている。
手形法学説における
手形理論では、
二段階創造説を主張した
[上掲『手形小切手法[外部リンク]新版』147頁]。鈴木は、手形行為を手形債務負担行為と手形権利移転行為に分け、前者は特定の相手方のない単独行為であるとし、したがって、手形債務は手形への署名のみで成立するとするが、後者は手形債務負担行為によって成立した手形債務に対応する権利を手形を交付することによって移転する行為であるとする。鈴木によれば、署名後交付前に流通したいわゆる
交付欠缺の事例は、手形への署名により手形債務が発生していることから、第三者は善意取得によって善意無重過失ならば保護されることになる。また、手形振出人に
意思の欠缺、意思表示の瑕疵のある場合の事例は、債務負担行為は手形であることを認識しまたは認識しうべくして
署名すれば成立するから、民法の規定は全面的に排除されるので、
錯誤ないし
詐欺の規定による
無効ないし
取消を主張できないが、具体的に債務を負担する意思がないことを知っていた相手方に対しては
一般悪意の抗弁によって権利行使を拒むことができることになる
[上掲『手形小切手法[外部リンク]新版』142頁]。鈴木の手形学説は、前田、平出らの門下生に引き継がれ、現在でも学会に大きな影響力を残しているが、次の二つの方向からの批判がある。そのうちの一つが
民法理論に忠実な通説である
交付契約説からの批判であり、これは法律構成の違いこそあれ結論には差がないといえる
[木内宜彦『手形法小切手法(企業法学?)[外部リンク]2版』(勁草書房、初版1977年、2版1982年)56頁]。もう一つが手形の流通を保護すべきという結論そのものへの批判であり、これは手形が譲渡される第三者のほとんどが金融業者であって、手形が転々流通などしていない現実と実務を直視する見解といえる
[関俊彦『金融手形小切手法』(商事法務、1996年)]。