郵政省 wikipedia|無料辞書
◆来歴
◆略史における特記事項
◇本省庁舎
設置当初は
港区飯倉町(現在の麻布台)に所在した逓信省貯金局庁舎(
1930年竣工)を引き続き郵政本省庁舎として使用した。なお、設置以前の
1945年、空襲で被災した
麻布郵便局がこの庁舎に仮住まいの後、正式に入居している。
俗称についてはなぜか外苑東通を介した反対側のロシア大使館一帯の地名である"狸穴"(まみあな)と呼ばれ、他の省庁が集積している
霞が関から遠く離れていたこと、
三公社五現業のひとつである郵政三事業を取扱う「現業官庁」であったが故、「
三流(もしくは四流)官庁」「
狸穴の田舎者」と揶揄され格下に見られていた不遇な時代が長く続いていた。
しかし、後に
内閣総理大臣にまで上り詰めた
田中角栄が郵政大臣に就任したことを契機として、本省は
1969年7月に霞が関(現在の
日本郵政ビル)へ移転した。1984年7月、電気通信政策局・電波監理局の二つだった政策担当局を、
情報化社会の到来とともに、通信政策局・電気通信局・放送行政局のマルチメディア三局に拡充させ、電気通信・放送行政を担う省庁として、「現業官庁」から「政策官庁」への脱皮として注目されるようになった。これにより
通産省と情報通信分野における主導権争いを演じた。
しかし、
千代田区大手町にあった日本郵政公社東京支社(旧東京郵政局)が2005年5月に飯倉分館に移転、この建物を東京支社社屋として使用することとなったため、飯倉分館としての役目は終えたが、建物自体は
民営化された
2007年10月現在もなお「日本郵政グループ飯倉ビル」として使用され続けているほか、麻布郵便局も「
郵便局会社麻布郵便局」「
郵便事業会社麻布支店」「
かんぽ生命保険麻布支店」として引き続き入居している。
◇郵政大臣
◆郵政省の組織(本省)
・ 秘書課
・ 総務課
・ 企画課
・ 主計課
・ 人事部
・ 財務部
・ 施設部
・ 国際部
・ 首席監察官
・ 郵務局
・ 貯金局
・ 簡易保険局
・ 通信政策局
・ 電気通信局
・ 放送行政局
◆ 郵政事務次官