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「興浜北線」||企業-master.com [05/29update]

興浜北線 wikipedia|無料辞書

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興浜北線(こうひんほくせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)である。
北海道宗谷支庁管内の枝幸郡浜頓別町浜頓別駅天北線から分岐し、オホーツク海沿岸を南下して枝幸郡枝幸町北見枝幸駅に至っていた。
1980年の国鉄再建法施行を受けて特定地方交通線に指定され、1985年に廃止された。

◆ 路線データ
・ 管轄:日本国有鉄道
・ 区間(営業キロ):浜頓別 - 北見枝幸 (30.4km)
・ 駅数:9(起点駅を含む。駅6、仮乗降場3)
・ 複線区間:なし(全線単線)
・ 電化方式:全線非電化
閉塞方式:票券閉塞式(全線1閉塞)※過去には目梨泊でも閉塞扱いを行っていた。

◆ 歴史

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改正鉄道敷設法別表第145号に規定する予定線の一部で、本来は興浜南線と結んで興部 - 浜頓別間のオホーツク海沿岸を縦貫する鉄道(興浜線)の一部となる計画であった。1936年に北見枝幸までが開業したが、太平洋戦争末期の1944年には不要不急線として全線が休止、戦後すぐに復活した。
両線間の未成区間の一部で建設工事も行なわれていたが、沿線の開拓計画の頓挫などから建設は進まず、結局接続する予定であった興浜南線ともども第1次特定地方交通線に指定され、両線とも1985年に廃止。一部で完成していた未成区間の路盤等も放棄された。また、両線が接続していた、天北線、名寄本線も第2次特定地方交通線に指定され、廃止されている。また、北見枝幸では、宗谷本線美深駅を起点とする美幸線が接続する計画であったが、開業済みの仁宇布駅から先で一部路盤やスノーシェッドなどの工事がおこなわれるも、美幸線自体が「日本一の赤字線」となるほど経営環境は悪く、結局北見枝幸まで開通することなく廃止された。
廃止協議の過程で、北見枝幸 - 雄武を完成させ接続する天北線や名寄本線、湧網線などと一体化させた「オホーツク縦貫鉄道構想」も立案されたが、開業しても毎年数億円単位の赤字が発生することが判明し、結局断念されている。
1936年(昭和11年)7月10日 浜頓別 - 北見枝幸間 (30.4km) を興浜北線として開業。豊牛駅・斜内駅・目梨泊駅・問牧駅・北見枝幸駅を新設。
1944年(昭和19年)11月1日 全線 (30.4km) を休止。
1945年(昭和20年)12月5日 全線 (30.4km) の営業を再開。
1956年(昭和31年)2月26日 頓別仮乗降場、豊浜仮乗降場、山臼仮乗降場を新設。
1981年(昭和56年)9月18日 第1次特定地方交通線として廃止承認。
1984年(昭和59年)2月1日 全線の貨物営業を廃止。
1985年(昭和60年)7月1日 全線 (30.4km) を廃止。宗谷バスに転換。

◆ 駅一覧
接続路線の事業者名・駅の所在地は廃止時点のもの。全駅北海道に所在。