矢上川はその源を多摩丘陵に位置する宮前区菅生から発した後、
東名高速道路付近から、
下末吉台地を開削してほぼ東南東に流下、川崎市
高津区野川付近の五反田橋手前で、南側から来た有馬川を合わせ、子母口で多摩川低地に入り、以後、下末吉台地北縁を南東に流れ、川崎市
幸区矢上で、
慶應義塾大学理工学部の載る矢上台の縁を回り込むように90度近く向きを南に変え、矢上台と加瀬山の間を抜けて、鷹野大橋で鶴見川に合流する。加瀬山より南の川崎市
幸区南加瀬付近から鷹野大橋までは、矢上川の全行程中最も屈曲が激しかったことが、明治時代や大正時代の地形図で明らかであり、
三日月湖の存在も見て取れる。最終氷期最寒冷期に河川は深く下刻したが、このときの矢上川 (古矢上川) は、ボーリング地質調査などから、子母口で古多摩川と合流していたと推定される。従って、現在のように、矢上で多摩川低地を離れ、鶴見川支流となったのは、地質年代では比較的最近の、
縄文海進が海退に入り陸化した
縄文時代後期以降のことと思われる。