佐藤栄佐久 wikipedia|無料辞書
|生年月日 =
|没年月日 =
|前職 =
|所属政党 = 無所属
|称号・勲章 =
|世襲の有無 =
|親族(政治家) =
|配偶者 =
|サイン =
|国旗 = 日本
|職名 = 第6代 福島県知事
|当選回数 = 5回
|退任理由 =
|国旗2 = 日本
|職名2 = 参議院議員
|当選回数2 = 1回
|退任理由2 =
-->
◆ 略歴
松平勇雄が勇退した
1988年9月の福島県知事選挙に、
伊東正義や
斎藤邦吉らの支援を得て出馬した。選挙は保守陣営が分裂し、参議院補欠選挙と同時投票となり、折りからの
消費税問題も絡んで、全国から注目を集めた。その結果、保守系無所属の前建設技監広瀬利雄氏と、革新系無所属の草野太氏を大差で破り、初当選を果たした。その後の選挙でも圧倒的な力を示し、
2006年秋まで第5期を務めていたが、
9月27日に実弟・祐二の絡む汚職事件で追及を受け、任期途中での辞職を表明し、翌28日に議会の同意を得て退職した。後日、汚職事件で
逮捕された。当初は全面的に関与を否認したが、その後の捜査で汚職への関与を認めた。
◆ 政治姿勢
矢祭町に刺激されて以来、「県は市町村合併を強制しない。合併する市町村も、合併しない市町村も、両方とも支援する。」という立場を掲げて来た。佐藤栄佐久以外に、「合併しない市町村も支援する」立場を明言している県知事は、
田中康夫(
2000年秋〜2006年秋の
長野県知事。新党日本党首)がいた。しかし、田中康夫の落選と佐藤栄佐久の辞職により、「合併しない市町村も支援する」立場を掲げる知事は、1人もいなくなった。
道州制を拒否しており、「道州制によって、大都市一極集中を招いてはならない」と主張して来た。佐藤栄佐久以外に、道州制を拒否する県知事には、
井戸敏三・
兵庫県知事や、
西川一誠・
福井県知事がいる。
又、福島県
浜通り内の
原子力発電所については、ガラス張りとされやすく、初期の頃を除いて、県政や発電所所在地から遠い地域への利益の少なさなどを理由にして、反対の立場を明らかにしている(→
プルサーマル)。
このように、東京一極集中を強める
小泉純一郎政権に対して、「地方の痛み」を強調し続け、知事在任末期における
郵政民営化、
飲酒運転厳罰化などへの姿勢も含めて、一貫した政治姿勢が際立っていた。
家庭科が男女必修になったことで、県立高校全ての共学化を推進し、2003年に完了した。
さらに、2006年7月には、
水谷建設と
レインボーブリッヂのからむ一連の不正事件で、実弟・祐二が営む縫製会社が、不正な土地取引の疑いで検察の取調べを受け、
9月25日には祐二が
競売入札妨害の疑いで逮捕された。これを動機として、佐藤の辞職を求める動きが、県議会を初めとして内外から高まり、9月27日に道義的責任を取る形で辞職を表明するに至った(9月28日に県議会で辞職が許可)。報道によると、辞職後も「影響力」を示す行動をとったものの、
10月23日に東京地検により
収賄の容疑で逮捕され、後日の聴取により全面的に自身の関与を認めた。
◆ 関連項目