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「住友グループ」||企業-master.com [02/08update]

住友グループ wikipedia|無料辞書

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! style="text-align: left" | 創業家:
| 住友家
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! style="text-align: left" | 標章:
| 住友井桁マーク
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住友グループ(すみともグループ)とは、戦前の住友財閥の流れを汲む企業グループである。

◆ 概要
住友政友京都で開いた「富士屋」が発祥であり、企業グループとしての住友は別子銅山から始まる。
住友は三菱グループ以上に「結束の住友」として井桁マークののれんにこだわった。また、住友グループ主要企業の社長会である「白水会」においては、他の企業よりも数が少なく、それだけ直系を重視している。三菱や三井に比べて近代化には乗り遅れたものの、その後各企業を伸ばしていき、住友銀行住友商事の利益を日本一に導いた。
また、早くから東京に拠点を置いた三井・三菱両グループに対して、住友グループは長らくその地元の一つである大阪の地に拘り続け、今も大阪に本社を置く住友グループの企業は多い。もっとも、現在においては、実質的本社機能は東京本部に移動し大阪の本部機能は形骸化している場合が多い。しかし、住友グループにあっては、少なくとも高度成長期までは名実共に大阪にその中心を置いていた企業が多かったことも事実であり、「住友」と言えば即座に大阪を連想することは多く、そのグループのイメージは大阪商人と重なることが多い。また、実際、近畿圏においては、特に年配者層を中心に、今もってなお三井・三菱両グループよりも住友グループのプレゼンス・社会的ステータスをより一段と高く評価することが多いのもまた事実であり、かつてより大阪経済への影響力は小さくなったとは言えども、なお住友グループの大阪での存在感は健在と言える。
住友グループの中核とされる、三井住友銀行住友金属工業住友化学3社を「住友御三家」、住友商事住友電気工業日本電気3社を「住友新御三家」と呼ぶ。
住友銀行がさくら銀行と合併した際は、住友と三井の合併が進むかに見えた。しかし、住友化学三井化学のように、住友系企業と三井系企業の合併が白紙撤回になるケースもある。また、三井住友銀行となって、設立した三井住友フィナンシャルグループには同じ住友の金融系である住友信託銀行は参加しないなど、業界における住友系企業が結束するとは限らない。
1985年つくば万博の住友館では、住友グループにとって初の試みとなる、3D大型立体映像アトラクション「大地の詩」にも制作協力に関わっていた。
日本最大の組織設計事務所であり、東京タワー、東京ドーム、京都迎賓館等、日本に置ける主要な建築物の多くの設計業務をてがけている日建設計は、戦後、日本建設産業(住友商事の前身)から独立し、現在に至っている会社である。そのため、住友系企業の自社ビルはほとんどが日建設計によるものである。
※井桁マークの社章は「住友」と名乗らない企業(日本電気明電舎等)では基本的に使われないが、「住友」と名乗る企業でも企業合併があった会社(大日本住友製薬三井住友銀行住友ゴム工業=ダンロップ等)でも使われていないものがある。(住友ゴム工業は、現在、住友ゴムグループとして、井桁マークを用いている)また、福岡県北九州市を発祥とするデパート井筒屋も井桁マークを使っているが、特に関連はない。
現在、住友グループは博覧会などによるパビリオンへ出展していない。

◆ 主要会社
子会社や関連会社まで含めると膨大な数に上る為、ここでは、住友グループ広報委員会(36社)及び住友グループの社長会である白水会(19社)に参加している主要会社のみを挙げた。尚、白水会19社は全て住友グループ広報委員会に参加している。