飛行機の製作をはじめた
アイルランド系のアメリカ人、アラン・ロクヒードとマルコム・ロクヒード兄弟(
Allan and Malcom Loughhead )によって
1913年に「Alco Hydro-Aeroplane Company」が創設された。1926年には社名を「Lockheed Aircraft Corporation」に変更した。誰も彼らの名前を正しく発音してくれなかった為である
[野木恵一著 「軍事研究 2007年9月号」『グローバル軍需産業の世界戦略』 (株)ジャパン・ミリタリー・レビュー発行 p.28-p.39](なお、日本に於いても当初ローグヒード社などと紹介されていた)。
1920年代、ジャック・ノースロップらの設計により、ベガなどの民間機で成功を収めたが、ノースロップが
ノースロップ社を設立して独立した後、アラン・ロクヒードはこのロッキード航空機会社をデトロイト航空機(
Detroit Aircraft Corporation )に売却した。大恐慌によりデトロイト航空機が破綻すると、
1932年にロッキード社も倒産した。数日後に新しい投資家ロバート・グロスによってロッキードは買収され、すでにロクヒードは会社との関係はなくなっていたが、ロッキードがふたたび社名になった。その後の
第二次世界大戦で大躍進した。
1962年に
川崎航空機工業、
川崎車輌、
日本電気、
西松建設などが出資したロッキードの日本法人である、日本ロッキード・モノレール社が設立された。航空機技術を応用して、
小田急電鉄向ヶ丘遊園モノレール、
姫路市営の
モノレールを開発・製造して「ロッキード式モノレール」と呼ばれた。しかし、同社の需要はこの2社局だけで、今後の事業展開は見込めないと判断されたため、
1974年に同社は解散。そのあおりを受けて、姫路市営は1974年に車両維持困難を理由に運行を休止した後に正式廃止した。その後、ロッキード式モノレールは小田急向ヶ丘線でのみ運行されていたが、
2000年に老朽化で運行休止、翌
2001年に正式廃止される。普及は少なかったが、38年間無事故で運行し続けて「ロッキード式モノレール」が一定の役割を果たしたことは間違いないだろう。