シドニーの競合紙であるデイリーテレグラフ(オーストラリア)の方が一般紙ほどではないが比較的自制を持った取材姿勢である。批評家はこの新聞を読者に反しても商業的利益やトップの意見が反映していると指摘している。
ヘラルドは
1855年にメルボルン・ヘラレルドに改題したがその1週間後ヘラルドに改題される。最盛期には60万部近くまで発行部数が伸びたが、テレビニュースの発達と鉄道や地下鉄から乗用車に移動手段が移った事などにより創刊150周年の1990年には20万部まで落ち込んでいた。そのため廃刊も検討されたが、発行元The Herald and Weekly Times Ltd)はこの新聞とサン・ニュース・ピクトリアルを併合させる選択をする。そのためヘラルドは1990年10月5日号で、サン・ニュース・ピクトリアルは10月5日号で単独の新聞としては最後となる。