ヒックスの最も広く知られた業績は、
ジョン・ケインズの『一般理論』を体系化した
IS-LM理論であろう。これは、利子率の関数である投資 I と国民所得の関数である貯蓄 S の均衡によって描かれるIS曲線と、貨幣の需要量 L と貨幣の供給量 M の均衡によって描かれるLM曲線から、その交点として利子率と国民所得の値を導出できることを示した理論である(詳細は
IS-LM分析を参照)。だが実際にはケインズは、投資は利子率だけの関数ではなく
不確実性の中にある予想利潤率の関数であり、貨幣の供給量 M は外生的に与えられるだけはなく人々の債券の価格変動の予想によって変動するものであることから、予想による債券価格から利回りで示される利子率が決定されると考えていた。ヒックスは不確実性を重視するケインズの考えを軽視していたとしてIS-LM理論と一般理論との乖離を認めている。このため本流のケインジアンからは「ヒックスの理論はケインズ経済学ではなくてヒックス経済学である」と揶揄される。
1985年頃にケンブリッジ大学で
ジョーン・ロビンソンがこのことを述べ、広く一般化した。しかしながら、難解な散文で書かれた『一般理論』の本質のほとんどを集計量から得られる2つの曲線により表現した彼のIS-LM理論が現代の
マクロ経済学の基礎と分析方法を作り上げたことは紛れもない事実である。
ヒックスは50歳半ば頃から
新古典派経済学に代表される自分の業績に対して次第に距離を置くようになり、
1965年に発表した『資本と成長』(
"Capital and Growth")では新古典派成長理論とは異なるヒックス固有の成長均衡モデルを定式化し、さらに
1973年に発表した『資本と時間』(
"Capital and Time")では
オーストリア学派の資本成長をより一般化して賃金率・利潤率・成長率の相互関係を説明する理論を定式化した。